9月25日(土曜日)昨日ほどは暑くなく、夏から秋へ一歩進んだ気候です。土屋さんと私は茅ヶ崎から小田原へ車で行きました。西湘バイパスを通って行きました。左は一面海で素晴らしい景色!小田原城城址公園の近く、ういろうのお店の数軒おいて並びにある、東喜庵(とうきあん)というおそば屋でお昼を食べました。三の丸御膳を頼みましたが限定10食なので残念ながら売り切れ!あなごせいろにしました。1900円。ここが素晴らしく美味しかったです!珍しい縮れた細いそばに、濃いめのつゆ。今まで食べた中でもしかしたら一番?というほど美味しいおそばでした。土屋さんは地鯵天せいろを注文。1700円。鯵を一枚もらいましたが、こちらも美味でした!その他、とろろ(単品。メニューにありませんが相談したら出してくれました)を取りましたが、2人で1つで十分な量でした。このお店は帰りがけに見たら5時には閉まっていました。コロナのうちのことだと思います。普段の営業時間は11時から15時、17時から20時。第2,第4火曜日は11時から15時。毎週水曜日は定休日だそうです。
3ヶ月ほど前に2人で小田原を訪ねた折りに来た、十字ヒストリアさんという喫茶店を訪ねました。お店はコロナの影響でお休みでしたがそこを拠点に地域活動をされている金子様にお会いできました。
金子様は小田原の歴史、関わりのある人物を熟知されており、お話はとても深みがあります。6月に続き、土屋さんは山形有朋など政治家について、私は北原白秋など文人について主にお話をうかがいましたが、とても数回で理解しきれるお話ではありませんし、膨大な資料があります。
コロナが明けたらまたうかがわせてくださいとお願いしてお店を失礼してから食事場所に行く前に気になっていたあんパン専門店、柳屋ベーカリーを覗きました!東喜庵さんと同じ側を数十メートルJRの線路側に行ったところです。
10種類ほどの小さめのあんパンがウインドウの中と上に並んでいます。「人気のものは?」選びあぐねた時によく使うきき方で尋ねると、「こしあんと粒あんはやはり人気ですね」とのこと。その2つと、「売れています」と書いてあった金時あんを購入して小田原用水を尋ねました。
小田原用水は北条氏康(1515~1571)が小田原を支配した頃に小田原城下に水を引き入れるために成立したと考えられており、日本最古の水道とされます。お店から徒歩10分ほどのところ、民家の並ぶ前をせせらぎが流れており、それが小田原用水でした。
ムラサキシキブやホトトギスなどの茶花が咲いて(実って)おり、茶の文化も持つ小田原らしい趣があります。途中で荻窪用水とつながるそうです。名前が同じ東京の荻窪は、土屋さんが先日まで住んでいたところなので、名前の偶然の一致に興味を惹かれました。私たちはあんパンを食べられるところを探しながら歩きました。用水に沿って、また外れて住宅地を歩くうちに美しい竹藪に沿った細い石段に行き当たりました。そこで石段に座って先ほどあんパン屋さんで購入したパンでおやつタイム!半分ずつ食べましたがどのあんパンも薄い皮がもちもちしてとても美味しかったです。あんパンというよりむしろ和菓子のようでした。
土屋さんに促されて見上げると、「板橋 竹の小道に『竹垣』プロジェクト」の看板!いろいろ活動をされている方がいるようです。食べ終えるとさっさと歩き出す土屋さんを慌てて追って階段を上るとうっそうとした木立の中に古めかしい茅葺きの門が!立て看板を読むと、なんとここが山形有朋邸(古希庵)!公開は日曜日の10時から4時!残念!もう4時を過ぎています。また来ようと心に決めてそこを離れました。
私の名字と同じ「松永記念館」というのも気にかかりましたし、前回行った小田原文学館や白秋童謡館、北原白秋が住んでいたという伝○寺(てんじょうじ。そこの家をみみづくの家と名付けていたそうです)など、再訪したいところも多くありましたが、次回に回しました。帰りの車の中で「それにしても板橋とか荻窪とか、東京みたいな地名が多いね」と2人で語りました。帰りも西湘バイパスを通って帰りました。途中で寄った西湘PAで鯵じゃがとコロッケを食べました。じゃがいもが甘くて美味しかったです。
「ここは小休憩に使えるな」土屋さんはそう言いながら車に乗り込みました。「あれだけの文化がありながら小田原の文化はあまり知られていないね」「そうね。あまり発信されていないのよね」前回と同じ感想を2人とも話しながら、帰宅の途につきました。
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松永