


鞍掛けの松
正門を出てまっすぐ参道を進むとやがて右に源義家公鞍掛けの松が現れます。源義家はこのブログでもご紹介した平安時代の源氏の武将で、大宮八幡宮に若松1万本を寄進しています。奥州平定の際ここに参拝しましたが、その折りここの松に馬の鞍を掛けたという伝承があります。
私は高校時代、学校のクラブで馬術部に入っていましたが、馬も運動すると汗をかきますし、鞍は重いので、下馬したおりには鞍を取って休ませてやります。鞍は少し水気をすっているので柵などに掛けて干すのが普通です。義家はここまで馬で来てここで下馬して鞍を取り松の木に掛けたのかな?などと想像しました。
源義家は文武両道で知られ、奥州征伐で勿来の関(なこそのせき)で詠んだ歌
「吹く風を勿来の関と思へども道もせに散る山桜かな」(ここは勿来の関なのだから、その名の通り風よ来るな。でもそう思っても風はしきりと吹いて道がふさがるほどに山桜の花が散りしいているよ)
は、『千載和歌集』(7番目の勅撰和歌集~天皇の命によって編纂された和歌集~)にも取られた名歌です。義家の系図を表した立て札も立っています。義家の伝説は今も地元で愛されています。 松永
