

山本書店ー永井荷風
2ヶ月ほど前、京成八幡駅近くの古書店、山本書店で永井荷風全集と永井荷風に関する研究書がそれぞれひとくくりになっているのを見かけました。実は私は永井荷風が好きです。若い頃から惹かれていて、荷風が通ったという浅草のアンデイラスという喫茶店にも何度か行きました。黒っぽい年期の入った柱と白い壁。席にひっそり座って荷風が愛したというアンデイラスという、店名と同じ名の小さなロールケーキを食べるのは楽しく、ここでアルバイトしたいなあ、などと勝手な妄想を描いていました。
2年前に市川文学館で永井荷風展を土屋さんと一緒に見学しました。その折も強い印象を受けました。長身痩躯で街をさまよい、戦時中は戦争に協力するような作品はいっさい書かず、浅草のストリップ劇場に入り浸っていたと言います。文学者や画家などは戦時中、戦争に協力し、士気を鼓舞する作品を作るよう政府から指令が出ました。
それに応じて作品を作ったけれど、戦後は手のひらを返したように世間の攻撃を受けて日本に居たくなくなり、フランスに渡って生涯を終えたのが藤田嗣治です
斎藤茂吉も戦を褒め称えるような短歌を多く作りましたが、戦後非常に後悔したといいます。それぞれが戦争という非常事態に遭遇して自分の判断で作品を作ったのですが、その際、いっさい政局にかかわらず、市川(当時は大変へんぴな場所だったと思います)に逼塞して浅草のストリップ小屋の女達と戯れ、カツ丼など毎日の食事を綴った日記(自分に向けての文学です)を残した荷風は、意に沿わぬ時代に文学者として生きるひとつの姿を残したような気がします。
荷風は文京区で生まれ育ちました。私も出身は文京区で、荷風の屋敷の近くを通って幼稚園に通っていました。薄暗い坂道の様子はよく覚えています。あのあたりに住んでいたんだ・・荷風展でそれを知ってから荷風への親近感は強まりました。また、母校慶応義塾大学で荷風は教鞭を取っていました。さらに最近知ったのですが、偶然にも学校が一緒だったようです。私は筑波大学附属中学・高校の出身ですが、荷風は高校2年生の時にそこの前身である、高等師範学校附属尋常中学校に入ったようです。
そんなわけで永井荷風にはなんとなく親近感を抱いていましたが、今年還暦を迎え、少し読書にいそしむ生活を送ろうと思ったときに偶然『荷風全集』を見かけたのです。買いたいと思って再び山本書店を訪れたのですが、もう時が経ちすぎていて全集も研究書もあの束はありませんでした。仕方なく研究書を1冊買い、このとき見つけた百人一首の本(CD3300円)を買うかどうするか迷い、土屋さんの許可を得てからまた来ようと店を出ました。
八幡の藪知らず
「八幡の藪知らず」という言葉を知っていますか?八幡の藪のように底がしれない、という意味です。今回そこへ行ってきました。京成八幡駅の近くです。2年前にも来たのですが、その時は土屋さんとの待ち合わせに遅れそうになって、乗ったタクシーの窓から見ただけでした。歩いて行くと道路の脇に深い竹藪が現れます。「!これか!」と吃驚しました。さすがの貫禄です。昼間でもこんもり深く、入っていったら出てこられるかどうかわかりません。道路沿いに鳥居が立っていて「不知森神社」と書かれています。説明板で近くの葛飾八幡宮の管轄だと知り、お参りしました。 松永
