葛飾八幡宮




葛飾八幡宮は平安時代に宇多天皇の勅願(天皇の願い)により下総国(現在の千葉県北部、茨城県西部)の総鎮守八幡宮として創建されました。平将門の奉幣(信仰の印にたまぐしを捧げる)、源頼朝の社殿改築、太田道灌の社壇(祈る壇)修復、徳川家康の御朱印地領52石(一石~いっこく~は畑や屋敷の生産高を米の量で表したもの。一石は米150㎏。お米10㎏5000円とすると一石は75,000円くらい。これは江戸時代の金一両くらいにあたる)の寄進など、歴代の武将、著名人の信仰が寄せられてきました。
厄除け開運・必勝(「勝つしか」の名からも)・安産・育児守護の氏さまとして地域の振興を集めています。毎年9月15日から20日まで開かれる農具市(ぼろ市)はかつて関東三大農具市のひとつに数えられました。また、33年ごとに開かれる大きな祭りもあります。
随身門は市指定有形文化財です。明治維新以前は、天台宗上野寛永寺の末寺、八幡山法漸寺の仁王門でしたが、神仏分離(明治政府の方針で、それまでの神仏習合の禁止し、禁止し、神道と仏教、紙と仏、神社と寺院とをはっきり区別した)によって八幡宮の随身門となりました。今ある随身(右大臣・左大臣)の場所に仁王像がありましたが、現在は他の寺に遷されています。
和様、木造単層(1階建て)切妻(屋根の形のひとつで、屋根の一番上の棟から地上にむかってふたつの傾斜面が本を伏せたような山形の形をした屋根)の構造で、屋根はかつては茅葺きでしたが現在は銅葺きです。

