


石垣に使われていた石






境内の末社など
葛西八幡宮の境内にはいくつかのお宮があります。本庁の本庁のHPによると、神社の境内にある小さな摂社・末社神社と呼ばれています。摂社とは、本社ご祭神(祀られている神)の「荒魂」(あらみたま。神道において神の霊魂が持つ2つの側面の1つで、荒々しい側面のこと)や后神・御子神を祀った社のほか、ご祭神と関係のある神や現社地の地主神など特別な由緒がある社となっていたそうです。そうでないのが末社だそうです。
葛飾八幡宮の境内にある浅間神社、八坂社、厳島社は末社と思われます。
江戸城石垣に使われていて刻印のある石も境内にあります。
「駒どめの石」。源頼朝は治承4年に挙兵しましたが破れて安房国に逃れました。再起を図った頼朝は千葉氏らの援軍を得て下総国府に挙兵した折り、この八幡宮に参詣して
戦勝と武運長久を願いました。その折り、頼朝の馬がこの石に前足をかけ、蹄のあとを残したことから「駒どめの石」と言われるそうです。
力石(力試しに用いられる大きな石)は、約170㎏です。昔、この石を担いで社の周りを一周して力を競ったそうです。
神楽殿に大絵馬が飾られています。幕末に奉納されたもので、八幡宮のご祭神の神功皇后の「新羅(現在の朝鮮半島にあった地域出兵」を描いたものです。中央には皇后の臣下である武内宿禰(たけうちのすくね)が描かれ、皇后の体内にはこの八幡宮のご祭神の応神天皇(八幡さま)が宿られていると、『古事記』・『日本書紀』には書かれていると説明板にあります。
